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仙台高等裁判所 昭和31年(ラ)82号 決定

抗告人 吉田利一

相手方 松原道助

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のおりである。

それで考えるに、抗告人が指摘するとおり本件強制執行の債務名義である和解調書には、目的不動産の具体的表示を欠くこと本件記録中異議申立書添付の和解調書正本により明らかである。

しかしながら、右和解調書の和解条項第三項には相手方(本件抗告人)は、第一項の期限(昭和三一年九月一〇日)までに、申立人(本件相手方)の連帯保証債務を免脱することができないときは、その所有不動産に対しなされた仙台法務局昭和三一年六月一日受附第七、一一六号、原因同年五月一八日契約にもとずく所有権移転請求権保全仮登記の本登記手続を直ちに履行し、同年九月一一日限り同所を立退き、右不動産を申立人(本件相手方)に明渡すこと。との記載があり、抗告人の相手方に対する立退き明渡しの目的不動産が右仙台法務局昭和三一年六月一日受附第七、一一六仮登記の対象不動産をいうものであること右の文言により明らかであつて、右仮登記と対照することにより目的不動産を確定し得ること多言を要しないところである。

抗告人は、和解調書自体において、明渡すべき不動産を具体的に確定し得ない限り、和解調書は債務名義たることを得ないものであり、執行吏はかかる和解調書にもとずく執行を拒否すべき旨主張するけれども、和解調書の記載はその内容を知ることができる程度の記載、換言すれば和解調書に示された事柄により執行に移すことのできる程度の記載があれば債務名義たるに十分であつて、執行吏は和解調書自体に明渡すべき目的物の具体的記載がないことを理由に執行を拒否すべきではない。

そして本件記録中の土地家屋一部明渡執行調書謄本によれば、仙台地方裁判所所属執行吏須藤羊三は、前記和解調書の正本にもとづく執行にあたり、和解調書に示された前示仮登記書類と対照しながら、別紙目録記載の不動産中、(1) 宅地二〇八坪、(2) 木造瓦葺二階建店舖一棟建坪二七坪二合五勺外二階坪七坪のうち奥六畳、八畳、その廊下、便所、風呂場を除いたその余の部分、(3) 木造瓦葺平家建工場一棟建坪七一坪五合のうち西寄道路に沿うた一〇坪を除くその余の部分、(4) その他の建物について明渡の強制執行を実施し、その執行が既に終了したことが明らかであるから、右終了部分に対する本件異議申立は不適法であり、また記録中の登記簿謄本によれば、右(2) の店舖、(3) の工場が前記和解調書により明渡の対象物件であることが明らかであるから、その執行未了部分に対する異議も理由がない。

してみると抗告人の異議申立を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、民訴法第四一四条、三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 齊藤規矩三 沼尻芳孝 羽染徳次)

目録

仙台市三百人町六〇番地

一宅地 二〇八坪

同上同番

家屋番号第八四番

一 木造瓦葺二階建店舗 一棟(建坪二七坪二合五勺、外二階七坪)

附属建物

木造瓦葺平家建工場 一棟(建坪七一坪五合)

木造瓦葺平家建倉庫 一棟(建坪一五坪)

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建倉庫 一棟(建坪一二坪)

(未登記物件)

同上同番所在

木造瓦葺平家建工場(九間×二・五間)一棟(建坪二二坪五合)

木造瓦葺平家建工場(六間×一・五間)一棟(建坪九坪)

木造瓦葺平家建物置及便所(五間×二・五間)一棟(建坪一二坪五合)

木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建工場(二間×二・五間)一棟(建坪五坪外二階五坪)

木造瓦葺平家建工場(二間×五間)一棟(建坪一〇坪)

抗告の趣旨

原決定を取消し、相手方より抗告申立人に対する仙台簡易裁判所昭和三一年(イ)第三一号保証契約解除請求和解事件の執行力ある和解調書正本に基いて松原道明が昭和三一年九月一二日仙台地方裁判所執行吏に委任し、申立人吉田利一所有の別紙目録記載の不動産につきなした強制執行は之を許さない。との御裁判を求める。

抗告の理由

(一) 申立人松原道明(本件相手方)、相手方吉田利一(本件申立人)間の仙台簡易裁判所昭和三一年(イ)第三一号保証契約解除請求和解申立事件について、昭和三一年七月一八日作成された和解調書に対し、同裁判所裁判官大宮廉治郎の許可を得た裁判所書記官補菅原彬は執行文を附与した。

相手方松原は右執行力ある和解調書の正本により、仙台地方裁判所執行吏に対して、抗告申立人所有に係る別紙目録記載の宅地建物につき明渡の執行委任申立をなし、その委任を受けた執行吏須藤羊三は、昭和三一年九月二七日仙台市三百人町六〇番地に臨み、別紙目録記載の宅地建物の一部に対して執行した。

(二) ところで、右強制執行の債務名義たる和解調書の和解条項第三項には、相手方は第一項の期限迄に申立人の連帯債務を免除することができないときは、その所有不動産に対してなされた仙台法務局昭和三一年六月一日受付第七、一一六号、原因同年五月一八日契約に基く所有権移転請求権保全仮登記の本登記手続を直ちに履行し、同年九月一一日限り同所を立退き右不動産を申立人に明渡すこと。とのみ記載してあり、吉田利一が松原道明に明渡すべき義務のある不動産の所在地及その不動産の具体的表示がない。又和解条項の第一、二、四項にも吉田利一が松原道明に明渡すべき不動産の所在地及その不動産の具体的表示がない。

(三) さすれば右和解調書は債務名義に該当しないのであるから、仙台簡易裁判所書記官補菅野彬が右の通りの執行文を付与すべきものでないと解するのであるが、既に執行文が付与せられ執行の委任があり、執行吏によつて一部執行を受けておるので、申立人吉田利一は仙台簡易裁判所に対し、執行文付与に対する異議申立をなし、目下その審理を受けておる。

(四) とにかく執行文を付与せられた和解調書に基き執行委任を受けた仙台地方裁判所執行吏は、先ずその和解調書により吉田利一が松原道明に明渡すべき義務のある不動産の所在地及不動産の具体的内容を検討し、確知しなければ執行できない。右和解調書の和解条項第一乃至四項記載の文言の全趣旨よりして、その不動産の所在地を知ることができないし、又明渡すべき不動産というのは宅地であるか建物であるか、それとも宅地建物を指すのか将又特別法上不動産と同様に取扱われる船舶その他であるか、何れにしてもその具体的にその内容を確知することができない。本来なら執行吏は執行の目的物が前記の如く明確でないときは執行委任を拒否すべきものと解する。それを執行吏は敢えてせずに不明なる不動産の所在地及その不動産は別紙目録記載の宅地建物であることを松原道明に他の書面を以て示させ、前記の如く昭和三一年九月二七日別紙目録記載の宅地建物の一部に執行をしたのである。

(五) 要するに執行吏が和解調書の文言自体に於ては知ることのできない不動産の所在及不動産の具体的内容を委任者である松原道明に他の書面にて示させ、その書面の記載が和解調書の内容である如く誤釈して、申立人所有に係る別紙目録記載の宅地建物に対し強制執行を実施したのは、強制執行の方法又は執行に際し、執行吏の遵守すべき手続を遵守しないものであるから、右強制執行は許すべきでないと確心するので、仙台地方裁判所に強制執行の方法に対する異議申立をなしたところ、同裁判所は昭和三一年一一月一五日申立を却下する決定をなしたが、該決定は全部不服なので茲に即時抗告に及んだ次第である。

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